むるむる ブログ

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「技術力の敗北」ではなかった日本初の民間ジェット挫折の真因

はじめに

「日本初の国産ジェット旅客機」として大きな期待を集めた三菱スペースジェット(旧MRJ)
しかしこの機体は、最終的にFAA(米連邦航空局)の型式証明を取得できないまま開発中止となりました。

世間ではしばしば、

  • 技術力不足
  • 設計ミスの連続
  • 日本には旅客機は無理

と語られがちです。

しかし本当にそうだったのでしょうか?

結論から言えば、
FAA認証を取れなかった理由は「単なる技術不足」ではありません。
むしろ、日本がこれまで経験してこなかった「民間航空機ビジネスの壁」に真正面からぶつかった結果でした。


FAA認証とは何か?なぜそれほど重要なのか

FAA(Federal Aviation Administration)の型式証明は、

  • アメリカで運航するため
  • 世界市場で販売するため

事実上必須の認証です。

特にリージョナルジェット市場では、

  • 最大の顧客が米国航空会社
  • 運航基準・安全基準はFAAが事実上の世界標準

となっています。

つまり、

FAA認証が取れない=世界市場に出られない

ということです。


表面的な理由①:設計変更の連続

スペースジェットが直面した最大の問題の一つが、
設計変更の繰り返しでした。

主な変更例

  • 配線配置のやり直し
  • 操縦系統の冗長性不足の指摘
  • 非常時安全要件への適合修正

これらは一見「設計ミス」に見えますが、実態は少し違います。

問題の本質

  • FAAの解釈が想定よりも厳格
  • 初の民間機開発で**「当局とのすり合わせ文化」が不足**
  • 軍用・部品供給とは違う「完成機責任」の重さ

👉 設計変更=技術が低い、ではない


本質的な理由②:FAAとの「対話経験」の不足

ここが最も重要なポイントです。

ボーイングやエアバスは何が違うのか?

  • 数十年にわたりFAA/EASAと協議
  • 曖昧な規定を「解釈の積み重ね」でクリア
  • 設計と認証を並行して進めるノウハウ

一方、三菱は:

  • 完成してから「さあ審査してください」という発想
  • 当局との継続的な擦り合わせが後手に回った
  • FAA側の要求が途中で厳格化

結果として、

設計が完成しているのに、基準解釈が変わり、やり直し

という悪循環に陥りました。


背景にあった「時代の変化」

ボーイング737 MAX事故の影響

スペースジェット開発中に起きた:

  • 2018年・2019年の737 MAX墜落事故

これによりFAAは:

  • メーカー任せの審査姿勢を反省
  • 自ら深く関与する方向へ方針転換
  • 認証プロセスを全面的に厳格化

👉 MRJは「最も厳しい時代のFAA認証」に挑んでしまった

これは不運としか言いようがありません。


経営判断としての限界

技術だけでなく「体力」の問題

  • 開発費は1兆円規模に膨張
  • 何度も納期延期
  • 受注キャンセルの連鎖

民間航空機は:

  • 完成しなければ1円も回収できない
  • 国家プロジェクトのように「完成するまで続けられない」

最終的に三菱重工は、

「これ以上続けても勝ち筋がない」

と判断しました。

これは技術の敗北ではなく、経営としての撤退です。


「FAA認証を取れなかった」は失敗か?

ここで重要な視点があります。

日本は何を失い、何を得たのか?

失ったもの:

  • 完成機としての成功
  • 民間ジェット事業

得たもの:

  • FAA認証プロセスの実体験
  • 国際航空規制への知見
  • 設計・品質・文書管理ノウハウ
  • 世界でも稀な「ゼロからの民間機開発経験」

これらは現在、

  • ボーイング向け部品
  • 次世代航空機
  • 防衛・宇宙分野

確実に活かされています


まとめ

三菱スペースジェットがFAA認証を取れなかった理由は、

  • 技術力不足ではない
  • 日本人の能力の限界でもない

真因は:

  • 民間旅客機ビジネスの経験不足
  • FAAとの認証文化の違い
  • 認証が最も厳しくなった時代背景
  • 経営として耐えきれないコスト構造

最後に

日本は、

「空を飛ばす技術」は昔から持っていた。
しかし「世界で売る航空機を認証させる技術」は初挑戦だった。

三菱スペースジェットは失敗作ではありません。
それは、日本が初めて世界の民間航空機ビジネスの入口に立った証拠だったのです。

Post date : 2025.12.20 20:56