むるむる ブログ

主に旅について、それから色々

AD

「日本はモビリティ大国だ」
これは半分、本当で、半分は誤解だ。

自動車、鉄道、船舶、航空機部品――
日本はあらゆる“動くもの”に深く関わっている。
しかし不思議なことに、世界を代表する“完成機ブランド”は意外と少ない

なぜ日本は、
モビリティ産業で圧倒的な技術力を持ちながら、完成機では勝ち切れないのか?


日本は「モビリティが弱い国」なのか?

結論から言えば、まったく逆だ。

  • 自動車:世界トップクラスの生産量・品質
  • 鉄道:新幹線に代表される安全性と運行技術
  • 船舶:エンジン・造船技術は世界最高水準
  • 航空:主翼・複合材・エンジン部品は世界中で使われている

それでも、日本はこう言われがちだ。

「日本は完成機メーカーが育たない」

これは事実だが、能力不足ではない


「作れない」のではなく、「作らない」日本

航空機の例:作れるのに、作らない

日本は、

  • 川崎重工:P-1哨戒機、C-2輸送機
  • 新明和:PS-1 / US-2(世界最高峰のSTOL飛行艇)

といった、極めて難易度の高い航空機を自力で開発・量産してきた国だ。

「このクラスが作れるなら、旅客機も作れるのでは?」

これは技術的には正しい。

しかし、民間旅客機には“別の壁”がある


壁①:技術ではなく「認証」と「責任」

民間航空機の世界では、

  • FAA(米国)
  • EASA(欧州)

の認証がなければ、1機も売れない

この認証は、

  • 設計思想
  • 組織体制
  • 品質管理
  • 文書文化
  • トラブル時の説明責任

まで含めて審査される。

三菱スペースジェット(旧MRJ)が直面したのは、
「飛行機が飛ばない問題」ではなく、「組織として認証に耐えられない問題」だった。


壁②:完成機は「工業製品」ではなく「社会インフラ」

完成機メーカーは、

  • 何十年も部品供給を続け
  • 世界中で事故対応を行い
  • 法廷で戦い
  • 政治とも向き合う

必要がある。

つまり、

完成機メーカーとは「技術会社」ではなく「責任会社」

なのだ。

日本企業はここを極端に嫌う。


自動車で勝てた理由:例外的な成功条件

では、なぜトヨタは勝てたのか?

それは、

  • 国内巨大市場があった
  • 法規が国単位で完結していた
  • 失敗しても国内でリカバリーできた
  • 戦後復興とモータリゼーションが同時に進んだ

という、奇跡的に恵まれた条件が揃っていたからだ。

航空機・船舶・鉄道は、
最初から国際政治と直結する産業である。


鉄道:完成機に見えて、実は「システム売り」

日本の鉄道メーカーは、

  • 車両単体ではなく
  • 信号
  • 運行管理
  • 保守
  • ダイヤ思想

まで含めて売る。

つまり、

完成機ではなく「運行哲学」を売っている

これが、英国で日立製車両が成功した理由でもある。


船舶:三菱クルーズ船失敗が示したもの

三菱重工は、

  • 軍艦
  • LNG船
  • 大型商船

では世界トップクラスだ。

それでも、
クルーズ客船では大失敗した。

理由は単純で、

  • 顧客が「船」ではなく「体験」を買う
  • 設計変更が無限に発生
  • 工業製品ではなく、建築+サービス業

だったからだ。


日本の本当の強み:「完成機の中身」

日本は、

  • 主翼
  • 台車
  • モーター
  • インバータ
  • エンジン
  • 制御ソフト
  • 生産技術

といった、完成機の“最重要部分”を押さえるのが異常に強い

エンブラエルの主翼
ボーイングの複合材
エアバスの部品
世界中の高速鉄道の制御装置

――ほとんどに日本が関わっている。


日本は「表に出ない覇者」

日本のモビリティ産業は、

完成機の王様ではない。
だが、完成機が成立する条件を支配している。

これは弱点ではない。
むしろ、極めて日本的で、合理的な戦略だ。


これから日本が狙うべき場所

  • eVTOL(電動垂直離着陸機)の中核技術
  • 自動運転の制御思想
  • 鉄道×航空×道路の統合制御
  • モビリティの「安全基準そのもの」

完成機を作らなくても、
ルール・基準・中核部品で世界を支配する

それが、日本の勝ち筋だ。


まとめ

日本は、

  • ものを作れない国ではない
  • 完成機を作れない国でもない
  • ただ、「完成機を引き受けない国」なのだ

責任・政治・認証・市場――
それらすべてを背負うより、

「世界のモビリティを、裏側から成立させる」

それが、日本が選んだ道であり、
そして今も、最も勝率の高い道なのかもしれない。

Post date : 2025.12.22 22:26