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飛行中にCAさんが運んでくる温かい食事。一見、どこの飛行機にも同じようなものが提供されていると思われがちですが、その裏側には驚くべき秘密が隠されています。

今回は、旅の過程を愛するあなたに知ってもらいたい、機内食という「見えない世界」について、飛行高度3万フィートの上で何が起きているのかを徹底的に解説します。

第一章:機内食はどこで作られるのか

巨大なケータリング工場の存在

航空機の機内食は、あなたが想像する以上に大規模な施設で製造されています。日本では、ANA(全日本空輸)のグループ企業である「株式会社ANAケータリングサービス」が、ANA航空機のファーストクラス・ビジネスクラスで提供する機内食を製造しています。

ANAケータリングサービス川崎工場は、厳しい衛生・時間管理のもと1日に2万食を生産しています。これは驚くべき規模です。1日2万食ということは、毎秒およそ23食のペースで調理されているということになります。

同様に、JALロイヤルケータリングは、日本そして世界から取り寄せた上質な食材を用いて、搭乗クラスや路線ごとに多様なメニューを調製しています。

工場内の調理工程

これらの工場は、単なる大量調理施設ではありません。調理工程は3つのセクションに分かれており、食材の下ごしらえ・加熱調理を担当するセクション、味付けや食材の切り出しを担当するセクション、そして調理された各メニューを盛り付けセクションで丁寧に皿に盛り付け、搬入カートに収納する流れになっています。

さらに、機内食のメニューは原則3か月ごとに更新され、メニューはエアラインに向けて複数回のプレゼンテーションを実施して決定されます。つまり、航空会社の厳しい審査を通過した高品質なメニューのみが、上空の旅客に提供されるのです。

搭載までの時間との戦い

ケータリング工場で調理された食事は、完成後すぐに機内に搭載されるわけではありません。お食事の他、搬入カートに収納された飲料や食器類が搭載セクションに集められ、各アイテムの数量や品質をチェックした後、ケータリングトラックに積み込まれ、各フライトの2時間15分前に会社を出発して空港に向かいます。

これは時間との戦いです。飛行機の出発までに、空港から機体へと積み込まれ、最終チェックを受け、乗客が搭乗する際には既にスタンバイされていなければなりません。このロジスティクスの精密さがなければ、毎日数百の便が運航している現在の航空業界は成り立たないのです。

第二章:パイロットの食事——命がかかった食べ方

機長と副操縦士は別々のメニューを食べる

航空機の安全を支える最も重要な二人——機長と副操縦士。彼らの食事には、旅客には決して想像することのない厳格なルールがあります。

パイロットの食事は、万一の食中毒など不測の事態を考慮して、機長と副操縦士はそれぞれ異なるメニューを選ばなければならず、国際線であれば、1人は和食、もう1人は洋食といった感じになります。国内線の場合も同様に、お互い異なる弁当を選ぶことになっています。

なぜこのようなルールがあるのでしょうか。答えは明白です。機長と副操縦士が同じメニューを食べた場合、その食事に問題があって食中毒が発生したときに、機長と副操縦士がふたりとも体調不良になってしまい、操縦桿を握る者がいなくなってしまうからです。

「機長優先」の暗黙の了解

興味深いことに、暗黙の了解として、機長の方に決定権があるようで、副操縦士は残りのものを食べるという長年の慣行があります。つまり、機長が好きなメニューを選び、副操縦士はそこからさらに異なるものを選ぶ——時には嫌いなおかずが入っていても選択肢はない、という厳しい現実があるのです。

食べる時間もずらされる

メニューが異なるだけではありません。食事時間にも注意しており、飛行中にもパイロット2人同時に食事を摂ってしまい、外部監視や計器監視、管制官との通信などの業務に支障が出ては安全運航に悪影響を及ぼすことから、1人ずつ交替で食事を摂るようにしています。

機長と副操縦士は同じタイミングで食事をすることはなく、膝にトレーをおいてフライト中に交代で食べるため、不測に備えて食事中も計器などに異常がないか確認しながら食べることになります。つまり、彼らが食べているその瞬間にも、一秒たりとも機体の監視が止まることはないのです。

トイレもコックピット監視も一人ずつ

食事やトイレで席を立つ際にも、トイレで席を立つのも交代で行い、その際に残る方は酸素マスクをして酸素濃度の低下などの異常に気づけるように対策をしており、操縦室は1人にならないようにどちらか席を立つ場合は、客室乗務員が操縦室に呼ばれ控えるようにしています。

つまり、パイロットが人間的なニーズ(食事、トイレ、休息)を満たす一瞬一瞬まで、厳格な安全プロトコルで守られているのです。

パイロット食はシンプル設計

パイロットの乗員食は乗客のメニューとは少し異なり、乗客の食事は彩りや味が楽しめるように工夫されているのに対し、乗員食は短時間に食べられてエネルギー源になることが優先されているため、いたってシンプルなものです。

栄養価が重視され、消化が良く、短時間で食べられることが重視される。まさに「食べる」ことが安全の一部となっているパイロットのための設計なのです。

第三章:驚くべき味付けの秘密——なぜ機内食は濃いのか

気圧と味覚の科学

飛行機が高度1万メートル上空を飛行する際、飛行中の機内の気圧は0.8気圧と、地上に比べて0.2気圧の差があり、この気圧差により人間の味覚は通常時と比べ約30%低下し、特に「塩味」と「甘味」が感じられにくくなります。

より詳しく言えば、上空では甘味と塩味を感じる舌の器官が地上と比べて30%ほど鈍くなるとのことです。つまり、あなたが味わっていると思っている食事は、既に大幅に「減速」された状態での知覚なのです。

湿度と嗅覚の低下

さらに問題は気圧だけではありません。飛行機内の湿度も20%以下になることが多く、乾燥しがちで、喉や鼻が乾燥し嗅覚が鈍くなるのです。高度約9000メートル付近では湿度が12%以下と、砂漠よりも乾燥した状態になっているそうです。

味というのは、実は80%以上が嗅覚に頼っています。機内の砂漠のような環境では、鼻の粘膜がうまく働かず、食べ物を味気なく感じるのは避けられないのです。

騒音による味覚低下

さらに驚くべき要因があります。エンジン音とか騒音を感じる環境下だと、これも人間の味覚を鈍らせてしまい、不快な環境下だと『美味しいものも美味しく感じなくなってしまう』という心理学的なものがあり、味覚を司る神経と聴覚を司る神経というものが、実は耳のあたりで近寄ったところにあります。

つまり、音が大きいというストレスが、直接的に味覚の神経に影響を与えているということです。

機内食の濃い味付けの真実

機内食はメリハリのあるはっきりとした味付けで調製しており、これは上空では気圧の関係で人間の五感の一つである【味覚】が鈍感になるからです。単に調味料を多く使用しているという訳ではなく、食材本来の味の濃淡を際立たせるような調理・味付けをして、美味しく感じるように味付けしています。

つまり、機内食の「濃さ」は設計なのです。ケータリング工場の調理人たちは、あなたが体験する気圧0.8気圧、湿度12%、エンジン音100デシベルの環境を計算に入れて、その先で「美味しい」と感じるように逆算して調理しているのです。

もし機内食を地上の飛行場レストランで食べたら、「濃すぎる!」と感じるはずです。それは調理人の失敗ではなく、単にあなたが地上という異なる条件にいるからなのです。

第四章:信仰の自由と食の制約——宗教別メニューの複雑さ

ハラール認証取得——イスラム教対応食

世界中の乗客を運ぶ現代の航空会社は、様々な宗教的背景を持つ乗客への対応が必須となっています。モスレム(ムスリム)ミールはイスラム教の規定と習慣に則って用意され、豚肉、ゼラチン、アルコールとそこから抽出された香味成分などは摂らないハラール認証を受けた機内食です。

ハラール認証発行機関は活動宗教法人として文部科学省に登録されており、1999年からハラール認証発行をしており、アラブ首長国連邦をはじめ、カタール、タイのハラール認証機関から、日本における認証機関として認められています。

つまり、機内で提供されるハラール認証食は、厳格な宗教的基準をクリアした証明書を持つ食事なのです。単に「豚肉を避ける」程度の対応ではなく、イスラム法に則った基準をクリアしたものなのです。

ユダヤ教対応——コーシャーミール

コーシャー(ユダヤ教徒)ミールはユダヤ教の戒律に則って調理され、祈祷・封印されたユダヤ教徒のための機内食で、羊肉、豚肉、エビ、イカ、タコなどは含まれません。

驚くべきことに、ユダヤ教の戒律・慣習に沿って祈祷・封印して提供されるお食事です。過越祭(Passover)の期間中は、フルーツを中心としたお食事を提供いたします。

つまり、飛行機という現代の乗り物の中で、数千年前から続く宗教的伝統が守られているのです。過越祭という特定の時期には、メニュー全体が変更される——このような対応を実現するには、膨大な事前計画が必要です。

ヒンドゥー教対応——ベジタリアンの複雑さ

インディアン(ヒンドゥー)ミールはヒンドゥー教の規定に則ったインドのベジタリアンミールで、牛肉や豚肉を使いません。特に牛肉を使わない点が重要です。ヒンドゥー教では牛は神聖視されるため、決して食べることができません。

ベジタリアン・ヴィーガンの多様性

さらに興味深いのは、ベジタリアンのメニューだけで、ベジタリアン(VLML)、ヴィーガン(VGML)、ベジタリアン(RVML生野菜・果物限定)、ベジタリアン(VOMLオリエンタル)と4種類も用意されていることです。

単なる「肉なし」ではなく、卵・乳製品を含めて一切の動物性食品を摂らないビーガン対応、さらにはアジア風のベジタリアンなど、細かいニーズに応えるメニュー展開が必要なのです。

第五章:医学的対応——アレルギーと健康制限食

無視できない食物アレルギー問題

健康状態を考慮したメニューとして、低糖質(DBML)、低塩(LSML)、低脂肪(LFML)、低カロリー(LCML)、消化の良い食事(BLML)、グルテンフリー(GFML)まで用意されているほど、多様な健康ニーズに対応する必要があります。

単なる嗜好ではなく、医学的に必要とされる食事制限の数々です。グルテンフリーは、セリアック病という自己免疫疾患を持つ患者にとって必須の対応です。低カロリー、低塩、低脂肪といったメニューは、糖尿病や高血圧の患者の命を守る選択肢なのです。

事前予約の重要性

興味深いことに、搭乗前に予約をすれば無料で特別機内食をオーダーできます。つまり、航空会社は乗客が搭乗する前から、その乗客がどのような食事を必要としているかを把握し、それに応じた調理を計画しているのです。

第六章:豪華の最高峰——ファーストクラス・ビジネスクラスの知られざる世界

ビジネスクラスの料理設計

ビジネスクラスの機内食は、既に旅客の期待を大きく上回る水準です。ビジネスクラスでは基本的に決まった時間に料理が提供されますが、使われる食材のレベルもこだわりが高く設定されています。

ファーストクラス——個別対応の極致

一方、ファーストクラスは完全に異なる次元の体験です。ファーストクラスではウェルカムドリンクからシャンパーニュがサーブされ、ワインの品ぞろえもビジネスクラスよりさらに充実させている航空会社がほとんどで、メニューも目的地や航空会社本国の名物料理が取り揃えられ、会社によっては自国の有名シェフによる監修など、趣向を凝らしたものから選ぶことができます。

タイミングの自由度

さらに驚くべきは、近年では乗客の好きなタイミングで機内食をいただくことができるといったサービスを実施する航空会社も珍しくなく、選択肢が多く自由度が高いというのも、ファーストクラスの特長のひとつです。

つまり、ビジネスクラスでは「19:00に夕食」という決められた時間がありますが、ファーストクラスではあなたが「23:00に食べたい」と言えば、その時に調理が始まるのです。

食材のグレード差

ビジネスクラスでは国産牛が使われるところを、ファーストクラスではA5ランクの黒毛和牛やフォアグラ、トリュフといった特別な素材が登場します。

この差は単なる価格の問題ではありません。A5ランクの黒毛和牛とは、日本全国でも最高グレードの肉です。世界的に希少なトリュフと呼ばれるキノコが、飛行中に提供される——それは陸上のレストランでも実現することが難しい贅沢です。

個別対応——メニュー構成の柔軟性

日系航空会社(JALやANA)だと和食と洋食メニューがはっきりと分かれているけど、メニューをごちゃ混ぜに対応してくれる場合もあり、例えば、前菜は和食だけど、メインは洋食が良い、など柔軟に対応しています。

これはシステム化されたサービスではなく、乗客一人一人の好みに応じた、まさに「おもてなし」の文化を反映した対応なのです。

アラカルト選択の自由

2回目以降の機内食は、アラカルトメニューから自由に選んで注文することができ、例えば「串盛り合わせ(和牛ロイン串・鶏つくね串味噌マスタード・きのこ出汁巻き)」「彩り野菜、五穀と豆のサラダ ビーツドレッシング」「プチデザートのトレイ(フロマージュムース or ガトーカフェキャラメル)」など、自分で組み合わせることができます。

ワインセレクション——ソムリエの選ぶ逸品

ANAファーストクラスでは、最上級の名にふさわしい世界各国の選りすぐりのワインを提供しており、機内ワインコンペティション「Cellars in the Sky」や「Wines on the Wing」では2018年に続き、2019年においても数多くの賞をいただいています。世界最優秀ソムリエ(2000年)オリヴィエ・プーシエ氏やアンダーズ東京のホテル虎ノ門ヒルズ エグゼクティヴ ソムリエなど、一流のプロフェッショナルが携わっています。

つまり、飛行機の中にいながら、世界的に認められたソムリエが選んだワインを飲むことができるのです。

第七章:飛行前の秘密——ラウンジダイニング

実はファーストクラスの豪華さは、機内だけで終わりません。経済成長している国々では搭乗前のファーストラウンジにて、フルサービスのダイニングエリアが用意されており、そこで普通のレストランのようにアラカルトメニューを自由に選べたりコース料理が食べられたりします。夜便などではここで食事を済ませてから、ファーストクラスに搭乗することもあります。

つまり、ファーストクラス乗客の豪華さの旅は、搭乗前から始まっているのです。

第八章:ロジスティクスの奇跡

毎秒23食の生産

前章で述べたように、ANAケータリング川崎工場は1日2万食を生産しています。これを時間単位で考えると、毎時間約830食、毎分約14食、毎秒約0.23食——つまり、5秒ごとに1食が完成しているペースです。

この生産効率を実現するには、原材料の調達から調理、冷却、搬運、空港への到着、機体への搭載まで、あらゆるフェーズで精密な時間管理が必須です。

グローバルサプライチェーン

日本そして世界から取り寄せた上質な食材を用いて、搭乗クラスや路線ごとに多様なメニューを調製しています。つまり、北欧のサーモン、オーストラリアのビーフ、日本の野菜、フランスのチーズ——世界中の食材が、1日2万食のメニューに組み込まれているのです。

出発前の最終チェック

このロジスティクスネットワークの中で、品質が低下しないように管理するのは、「保安検査並みの管理」と例えられるほどです。まさに飛行機の安全と同じレベルで、食の安全と品質が管理されているのです。

最後に:見えない職人たちへの敬意

毎日、あなたが飛行機に搭乗した時、既に数千人の人々がその飛行を支えるための仕事をしています。

  • ケータリング工場の調理人たちは、あなたが上空で「美味しい」と感じるように、逆算して味付けをする
  • 栄養士やメニュー開発チームは、3か月ごとに世界中の乗客のニーズに応えるメニューを開発する
  • パイロットの食事を用意する人々は、命に関わる安全規則を遵守する
  • 宗教対応食を調理する人々は、異なる信仰体系を深く理解し、尊重する
  • 特別食アレルギー対応食を用意する人々は、医学的知識を駆使して安全を確保する

機内食は、単なる「飛行中の栄養補給」ではありません。それは、グローバル化した現代社会における、多様性を尊重し、科学を駆使し、プロフェッショナルな技術で支えられた、見えない芸術なのです。

次に飛行機で食事をするときは、その一口一口が、どれほど多くの人々の配慮と努力の結晶であるかを思い出してください。上空での「美味しさ」は、決して偶然ではなく、地上での綿密な計算と、無数の専門家の手によってもたらされたものなのです。

Post date : 2026.06.02 13:15